巫氏春秋

アフロユーラシア史関係の雑記。 歴史と民族関係の書籍紹介。 井戸の中のカエル(巫俊の前世)の陳腐な日常の大冒険の言行録を一挙公開♪ 巫俊の総裁する雑篇「巫氏春秋」を照覧あれ。

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時代を評価するということ 1

誰しも壁にぶち当たるということはあります。
歴史を学問していても、何を優先して読んでいくか、何を目的にして考えるか、
巫俊が私的にまとめた巫俊的起源(巫俊のオリジナル)の中国史はそれまでの中国史とどこが違うのか...

未だに何も悟ることがありませんが、史料からは断言できないことを史実であると言い張ったり、
先入観から例えば「清朝の時代は夏殷時代よりも魅力的ではない」といった
根拠が不十分で各人の感性によって判断の分かれる部分―
それでいて縄文土器や中国の玉器などの類は各人の感性の有る無しで歴史的な価値が変わってしまう難点を抱える―
など、言及を避けるべき部分も多い。

私は清朝の文物にはさわったことも無いのに対し、
偏愛している夏殷時代については多くの書物や写真で接しているのだから、
常に中国史の中で夏殷時代を高く評価してしまうという弊害が付きまとうのです。

夏殷時代は史料的制約が著しいこともあって、
どちらかと言えばどんな時代か想像力を働かせることのできない人が多いといえる。
そうだとすれば、私の目的としては夏殷時代を高く評価した上で漢代より以下の時代についても高く評価することができるように、

漢代以下の三国・両晋・五胡・北史・南史に及ぶまでの時代や、
唐・宋・元・明までの時代、
清・民国・人民共和国までの時代を、

夏殷時代や周秦時代と比較していったらいいんだと思う。
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よく分からないがやってみた。

http://d.hatena.ne.jp/nagaichi/20070319/p1#seemore
枕流亭さんのブログより紹介を受ける。

巫俊(ふしゅん)さんのスコア

F尺度: 2.60


因襲主義: 1.20
(中産階級の諸価値に対する執着)
権威主義的従属: 3.43
(内集団の理想化された道徳的諸権威に対する無批判な態度)
権威主義的攻撃: 1.50
(因襲的な諸価値を侵犯しようとする人々を探し出し、非難し、拒絶し、処罰しようとする傾向性)
反内省性: 2.10
(主情的で、想像力に富んだ、柔軟な考え方への敵対)
迷信とステレオタイプ: 2.00
(個人の運命について神秘的な規定要因を肯定しようとする信念。固定したカテゴリーで考えようとする専有傾向)
権力と「剛直」: 1.80
(支配者-服従者、強者-弱者、指導者-追随者、という思考枠組みへの先入観。権力をもった人物への一体化。)
破壊性とシニシズム: 6.00
(人間的なものに対する一般化された敵意と誹謗。)
投影性: 3.36
(世の中には野蛮で、危険なことがらが横行していると信じたがる傾向。無意識の情緒的衝動の外界への投射。)
性: 2.80
(性的「現象」についての誇張された関心)

騙されてはいけない『後漢書』列女伝

『後漢書』列女伝は後漢時代の立派で名誉のある女性17人を賞賛する趣旨で立てられた列伝です。

・・・

そういえば確かに聞こえはいいのですが、男女平等を是とする我々からすると、女性の人権を踏みにじる目的で書かれた危険な書籍だったりするんです。


要旨はこういうことです。
董卓が死んだ皇甫規(嵩の叔父)の未亡人を夫人にしようときらびやかな結納の品の数々を差し出すのですが、未亡人さんに冷たくあしらわれます。
それで激怒した董卓は従者に抜刀させて未亡人を脅すのですが、それでも相手にしてもらえません。

董卓:私の威教は四海をして風になびいている如くにしようと思っているのに、どうして一婦人に教化されないのだ?

未亡人:お前は羌胡の一種だろうが。天下を毒害してまだ足らないのか。私の祖先は清徳なること代々で、皇甫氏は文武の上才にして漢の忠臣であるぞ。お前の親は皇甫氏の使いっ走りではないか。強引に非礼をそなたの主君の夫人に行なおうと考えるのか?

かくして未亡人は董卓の従者に棒で叩き殺されました。それも「もっと強く叩け」と未亡人は挑発して催促したそうです。
どうでしょうか。あなたの人種は劣等民族であるとか、あなたの親は私の家の召使いだったんだからあなたも従えだとか、実はこの未亡人さんは差別意識に満ちています。
董卓の方も親の代から差別されてきた鬱憤を力でねじ伏せようとしているのですが、うまくいきません。
案外最初は死なない程度に叩くつもりだったのかもしれませんが、挑発に耐え切れずに殺してしまいました。



そして我々の考え方とすると、ここが問題です。
強引に貞操を奪われそうになった女性は死ぬべきであり、膝を屈して生き残るなど恥だ。


・・・

生き残るくらいなら死ぬべし。死んで一家の名誉を汚さないように。

・・・

ということなんです。
どうでしょうか、名門の権威に傷がつくから死ねと言っているんですよ。
蜀が魏に降服する際になって、妻子を殺して自分も死んだ劉(蜀の後主劉禅の子)もその輩で、こういう卑劣な男たちを評価するのは間違いです。
パキスタンとインドの農村では今もこうした習慣が続いていてまして、我々は人権侵害の告発に世界の人と協力する必要があるのですよ。

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プロフィール

巫俊(ふしゅん)

Author:巫俊(ふしゅん)
研究対象:中国史(夏殷時代の地域史)
テーマ:神の王権の民族抗争とその生態

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