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巫氏春秋

アフロユーラシア史関係の雑記。 歴史と民族関係の書籍紹介。 井戸の中のカエル(巫俊の前世)の陳腐な日常の大冒険の言行録を一挙公開♪ 巫俊の総裁する雑篇「巫氏春秋」を照覧あれ。

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商人の起源 巫俊ばーじょん

むじんさんのブログにコメントしたものの転載です。
追記を先に書きますが、左伝の「商人」の語ですが、殷民、賈人、人名の三種類があるようです。賈人という意味の「商人」はすべて鄭の商人を指して使われています。
http://d.hatena.ne.jp/mujin/20060710/p2#c

# 巫俊(ふしゅん) 『近年の改訂版『新訂・字統』(白川静)の「商」の項にいわく、
「(商の原義は)(神事を)商(はか)る」
「商に商業・商賈の意があるのは、亡殷の余裔が、国亡んでのち行商に従ったからであるとする説もあるが、商には賞の意があり、代償・償贖(とく)のために賞が行なわれるようになり、のちにそのことが形式化して、商行為を意味するものとなったものと思われる。」
「ショウ(字形は商-口+貝)」の項にいわく、
「(西周金文)王、作册般(さくさつばん、人名)に貝を商す(賜与するの意)」
「(書経・費誓)商賚(らい)」
「(行商の意は)商の転義」』 (2006/07/13 16:23)
# 巫俊(ふしゅん) 『ということで、「行くを商と言い、坐るを賈と言う」は後代の義とされているようです。
しかしながら、後述しますように、白川説でも鄭の商人は殷民であると解釈しているんです。
つまり、夏侯惇さんの「案外、商の人は商売でも特に行商が上手かったとかで」とか、
スレ冒頭の「殷が滅亡したあと、その国の人々は中国全土に散らばり、品物の売り歩きをして生活を立てていた。」とかは、
トリビア(ガセビア?)としてとても面白いんですけど、分かりやすくしようとするから事実を捨象して説明してるんです。
張騫以前のシルクロードうんぬんというむじんさんの前回の記事と同じ。
もともと、商には賞(功績によって与えられる財貨)の意味があるように、殷代から賞には取引の意味が芽生えていました。(賞=王朝がする取引)
甲骨文は王朝の神官が書いたものだから、民間での取引は何と呼ばれたか、定かじゃありません。
商行為の意味の方の商ですが、それがはっきり確認できるのはですね、それが左伝の時代なんです。
左伝の宣公十二年に「商農工賈」という言葉があります。
また商人という言葉が見つかるのは、僖公三十三年や昭公十六年などですが、左伝に出てくる「商人」は、鄭の商人だけを意味してるんです。(斉の桓公の子に商人という名前の公子がいるが)
以下、鄭の由来・建国と商人について書いてみます。』 (2006/07/13 17:26)

# 巫俊(ふしゅん) 『『新訂・字統』の「鄭」の項にいわく、
「殷はかつて鄭に都したことがあり・・・武丁期の王子と伝えられる子鄭が、この地を領していたらしく・・・当時手工業生産の中心地でもあったのであろう・・・その職能者は多く周の陝西の地に移されたらしく、陝西には南鄭・西鄭・鄭宮・鄭などの名が見える。王の子友はその諸鄭を率いて新鄭に入り、鄭の桓公となった。その建国に際しては、殷の余裔である殷人の経済的活動の自由を保証し、政治への参加を制限する契約国家の形態をとった。そのことは〔左伝昭十六年〕に、子産の語として詳しく語られている。鄭の商人弦高などの活動は、このような条件のなかで生まれた。」』 (2006/07/13 17:41)

# 巫俊(ふしゅん) 『つまり鄭の商人=殷民に起源する側面がある、ということです。
このことから、商人という言葉には「あきんど」という意味だけでなく、殷の民として鄭の建国に協力した立場や自負心からくる、「殷民」という意味が「商人」に込められていた可能性があると私は思うんです。
戦国期に入ると、呂不韋とか殷民とは関係の無さそうな大商人がメインステージに出てくるように、殷民という意味は希薄というか、ほとんど無いものになっていったと思いますけど。
戦国期の重商エリアが、もと春秋の鄭衛の地に集中していることからして、鄭の商人の資本の果たした役割が想像されます。
鄭の殷民が参政権を喪失した代わりに、資本の私有を許されて利殖に励行したということは、殷の民が商人階層になったということを意味しています。国政に関わることを放棄したが故に、大国の保護のもとに経済的繁栄の時代を迎える...アメリカのもとの日本にどこか似ていますね。
敗戦の民というのも同じ。』 (2006/07/13 18:01)
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Author:巫俊(ふしゅん)
研究対象:中国史(夏殷時代の地域史)
テーマ:神の王権の民族抗争とその生態

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