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巫氏春秋

アフロユーラシア史関係の雑記。 歴史と民族関係の書籍紹介。 井戸の中のカエル(巫俊の前世)の陳腐な日常の大冒険の言行録を一挙公開♪ 巫俊の総裁する雑篇「巫氏春秋」を照覧あれ。

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戦国燕という地域

最近、『戦国策』を読んでいる。
その中の「蘇秦将に従を為さんとして北のかた燕の文侯を説くの章」にちょっと興味を引く内容があったので書いてみる。

燕は、東に朝鮮・遼東が有り、
北に林胡・楼煩が有り、
西に雲中・九原が有り、
南に呼沱・易水が有る。
地は方二千余里、帯甲は数十万、車は七百乗、騎は六千疋、粟は十年を支え、
南に碣石と鴈門の饒わいが有って、北に棗や栗の利が有る。
民は田作に由らずと雖も、棗や栗の実は民を食うに足る。此れ天府なりと謂う所。

http://www.sinomaps.com/non-cgi/usr/39/39_118_12.jpg
地図(↑戦国燕)と見比べてみたりすると楽しい。
この地図じゃ高低差とかよく分からないので、
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&q=%E7%A6%8F%E5%B2%A1&ie=UTF8&om=1&z=8&ll=40.023408,116.82312&spn=2.809902,5.971069&t=k
グーグルの航空写真(↑)でイメージをつかむ。
http://www.sinomaps.com/non-cgi/usr/39/39_120_3.jpg
地図(↑清直隷)と見比べてみるともっと楽しい。

衛星地図を見ていると、燕の辺境の市場だったらしい「碣石と鴈門の饒わい」が手にとるように分かる。
碣石山は山海関の内側で平地のなかにぽつんと孤立してる山のこと。
鴈門山は北京市街の北西のダム湖から西に行ったところにある山だ。

http://www.sinomaps.com/non-cgi/usr/39/39_118_10.jpg
鴈門山はこっちの地図(↑戦国趙・中山)に載っている。

衛星写真を見ればよく分かるが、二箇所とも鎌倉の切り通しを千倍にしたくらいのスケールの要害のなかにある。
燕の都の薊(今の北京市街)からまっすぐアクセスできる位置にあり、意外に近いように感じる。
燕の政権と山西省や遼寧省の異民族が攻防、あるいは交易するにはもっともな場所だと実感。

燕の辺境の要塞と思われる居庸の塞(ダム湖のすぐ東)や令疵の塞(碣石山の西北)も、北京周辺の平野部と異民族の割拠する外地を区別するものであると、本当に実感できた。
この勢いで五胡十六国の燕とかも見ていこうか♪
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Author:巫俊(ふしゅん)
研究対象:中国史(夏殷時代の地域史)
テーマ:神の王権の民族抗争とその生態

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