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巫氏春秋

アフロユーラシア史関係の雑記。 歴史と民族関係の書籍紹介。 井戸の中のカエル(巫俊の前世)の陳腐な日常の大冒険の言行録を一挙公開♪ 巫俊の総裁する雑篇「巫氏春秋」を照覧あれ。

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かなり混乱してます。『呂氏春秋』から探る戦国衛の滅亡年次

衛という文字の旧字体「衞」は、『呂氏春秋』の全文検索では文字化けしてしまっている。そこで呂氏春秋のどこかに載っているという戦国衛の滅亡年次の異説を、新編漢文選の訳注『呂氏春秋』を一篇、一篇、注意しながらめくって探すことにした。

『呂氏春秋』は紀部、覧部、論部の三部から成り、三部合計すると二十六巻の百六十篇になる。
昨年読了した講談社現代文庫の『呂氏春秋』は紀部だけを全訳したもので、その中に戦国衛の滅亡に関係する内容は無い。
ということは目標は覧部か論部だ。
覧部はページ数が多く分厚いので、論部から攻める。
2時間くらいかけて論部に目を通した。
お目当てのものは無い。

次に覧部だ。すこし急いだから目を通した時間は1時間くらい。
見当たらなかった。

そのときたまたまパソコンの前にいたので、『呂氏春秋』をキーワード「魏」で全文検索してみた。
めぼしいものは無かったように見えたが、覧部の応言篇に「・」という欠字が見えた。
欠字は「衞」である可能性がある。訳注『呂氏春秋』を確認した。

「一方、この当時において、東西両周はまだ命脈を保っており、また魏は北宅を領有して、また陶を攻め衛の地を削り、六百里四方を領有していた」

灯台下暗し、実はこの応言篇は昨年度の卒論執筆の際に目を通しているものだったりする。
でも「削衛」とあるだけじゃ滅ぼしたという根拠としては弱いし、あれこれ考えてみると、「この当時」という年代も254年よりもっと以前のように思われる。

これじゃないのか!?やっぱりこれなのか!?どれなんだ~(×~×)
ついでに『戦国縦横家書』にも気になる記述が・・・
巫俊はもう混乱してます(T_T)

あと論部の士容篇に、伯陽の地の封君らしい唐尚という人が 「衛の君主が死んだら、私があなたの兄上を衛の君主にしてさしあげよう」と言っている一節を見つけたが、「あなた」も「あなたの兄上」も誰なのか分からない。
文脈からすると時代は魏の恵王の全盛期で、全盛の魏が小国の衛を併呑したとき誰を衛の封君にするか?という算段だと解釈すると、魏の衛国併呑の歴史の最初の過程を書いているようにも取れる。
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コメント

『戦国史』

参考まで。
楊寛『戦国史』のテキストだと思いますが
http://www.aikanshu.com/books/9031/
「第八章 合縦連衡和兼并戦争的変化」の末尾
http://www.aikanshu.com/books/9031/303324.htm
「このとき、魏国も勝利の余勢を駆って、秦の陶郡(すなわち定陶)と衛国にむけて進攻した。紀元前二五四年、魏国は秦の孤立した東方の陶郡を攻め取ったにとどまらず、衛国もまた滅ぼした①。」
注として
「①『史記』は衛国が魏に滅ぼされたことに言及していない。ただ『呂氏春秋』応言篇・『韓非子』飾邪篇・有度篇・五蠹篇によると、ともにこのとき魏が定陶を攻め取ったことと衛国を滅ぼしたことを見ることができる。~」
面倒なので以下訳やめますが、衛の懐君が魏に囚殺され、元君が立てられて、魏の附庸国となったときのことを指しているみたいですね。

イモよ~かん

楊寛の『戦国史』ってweb上にあったんですか!!!
なんと、なんと、なんと。
紹介ありがとうございます。

『訳注戦国縦横家書』の年表は、楊寛氏の戦国年表に拠っているようで、
ここでも平勢説は採用されていません(笑)

『戦国策』などをざっとみてみたところ、楊寛氏のおっしゃる254年の滅亡以前の衛国は複数の城邑をもっていたようで、
濮陽の近くの蒲のほかにも、『戦国縦横家書』によると宋の近くにある単父も、もともとは衛の領土だったみたいです。
のちに魏の領土になったようで、秦によって魏が圧迫されていよいよ大梁が危うくなる魏の末葉のときには、大梁を守る魏の将軍たちの家族と魏王を単父に遷らせるべし、という献策さえされているようです。(『戦国縦横家書』)

衛の歴史を知るには、『呂氏春秋』だけでなく『韓非子』も読め!!という趨勢になってきましたね。なんだか。
『韓非子』と『呂氏春秋』は成立年代も近いので、『史記』や『戦国策』だけでない、戦国時代に成立した文献で新しい歴史の読み解きもできるのかもしれませんね~。

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Author:巫俊(ふしゅん)
研究対象:中国史(夏殷時代の地域史)
テーマ:神の王権の民族抗争とその生態

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