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巫氏春秋

アフロユーラシア史関係の雑記。 歴史と民族関係の書籍紹介。 井戸の中のカエル(巫俊の前世)の陳腐な日常の大冒険の言行録を一挙公開♪ 巫俊の総裁する雑篇「巫氏春秋」を照覧あれ。

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『福建通志』台湾府

福建省の地方誌の『福建通志』台湾府の沿革の項目にこんな記事があった。


大 清 一 統 志 :
台 湾 自 古 荒 服 之 地 , 不 通 中 国 ,
(中略)
明 天 啓 中 為 紅 毛 荷 蘭 夷 人 所 拠 , 属 於 日 本 .

『大清一統志』:
台湾は古より荒服の地であり、中国と通交しておらず、
(中略)
明朝の天啓年間(1621年~1627年)、(台湾は)紅毛商人の蘭夷人の割拠するところであり、日本に属していた。
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コメント

変わりましたね~

ふしゅんさんの日記大分変わりましたね~。
ところで聞きたいんですが、バトンとかってまわしても平気ですか?
あとふしゅんさんのブログをリンクさせていただいてよろしいでしょうか?
そこのところを返信願います。

こんにちは

>バトン
歴史と無関係のバトン、巫氏春秋編集者の興味の範疇外のバトンには応じることができないと思います。
また悪名高い「不幸の手紙」と同様にバトンの文面から来る義務につきましては法的・心的拘束力は一切無いと考えておりますので、ご寛恕ください。
程さんのブログを見て面白いと思ったバトンを真似た記事を書くはあり得るかもしれませんが、人にお願いされてバトンを書くのは御免被りたいです。

当サイトに限らず日本国内のインターネットアドレスは著作権法に抵触しない限りにおいてリンクは自由です。
巫氏春秋の相互リンク体制は今のところ非常に脆弱なので、相互リンクについては現在検討中です。

天啓年間というと、商人だか海賊だか分からない連中が東海上を跳梁してて、ちょうど顔思斉親分から鄭芝竜親分に跡目が代わるころで、しかもオランダとも結んでいると。「倭寇とオランダはつるんでる。バックは日本だ!」と筆者は思って、こういう記事になったんでしょうね。たぶん。

こんにちは

調べてみたんですけど、この天啓年間はオランダが台湾に根拠地をつくった時期みたいですね。
1622年にオランダは澎湖諸島を占領するも明の水軍に追い出され、
1624年に台南の安平にぜーランディア城を築城してるようです。

この時期は徳川家光の初期で、1622年にあった元和の大殉教でキリスト教勢力の統制が進み、
日本、スペイン、オランダの三国は南シナ海域で緊張した状態にあったみたいです。

当時はスペインとオランダが宗教戦争中で、そこに日本の朱印船も加わって台湾海域やシャム湾などで三つ巴の略奪戦争をしていたとか。

で、中国の私貿易者はそこでどんな関わりをしていたかは知らないんですが、台湾は福建省の私貿易者の舶来する綿製品の集散地で、オランダが台湾を「不法」占拠すると長崎奉行が抗議するといかいう一面もあったみたいです。

ここからは推測ですけど、日本の徳川政権と出先機関の長崎奉行の華夷史観的立場からすると、オランダ人は日本に臣従すべき島夷と見られていたのではないかと思っています。
実際にオランダ人が日本に臣従する態度を取っていたか否かは調べていませんけど、『大清一統志』の記述はそこら辺の「大人の事情」によるのではないかと。

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Author:巫俊(ふしゅん)
研究対象:中国史(夏殷時代の地域史)
テーマ:神の王権の民族抗争とその生態

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