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巫氏春秋

アフロユーラシア史関係の雑記。 歴史と民族関係の書籍紹介。 井戸の中のカエル(巫俊の前世)の陳腐な日常の大冒険の言行録を一挙公開♪ 巫俊の総裁する雑篇「巫氏春秋」を照覧あれ。

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巫俊が歴史を語る理由―生物史の立場から―

「河内司馬氏と疎遠な理由」というタイトルで執筆する予定が、人類の歴史の危機を告発する内容に途中から変更されました。最初は西晋を建国した河内司馬氏の本籍地である河内地方を語る予定でした。
―――
後漢の河内郡は現政権共産党の河南省に属するが、黄河の北岸であり、開封よりは西に位置しているから黄河下流域には属さない。
河内の地名の確実な初見は『左伝』であり、黄河の内側の地域という意味である。

何故、ここが内側なのか、内側とはふつう洛陽のある河南のことではないかと思われるのではないかと思うが、河南を指して河内と呼んだ例を私は知らない。

河内は東西に長い平原で、南北は短く、西から北は山西省と境を成す太行山脈等が塞いでいる。
それ故に、河内の地域人口は河南や河東(開封より東としておく)、河北と同質的な関係に流れる可能性を持っているが、人はワニのような水棲爬虫類とは違って、山地を居住、移動する生物的特徴を有していることは、地域人口の興亡や生態を考える上で重要である。



私は衣食住や植物の名前など、生活史と呼ぶような分野に興味を置いているが、
「政治とか戦争とか支配者側の歴史は学ぶ気がないんだ。遁世して庭いじりをするうちに衣食住や大衆の民俗にこそ学ぶべき文化を見つけたよ」
といった価値観には実は組みしていない。

民衆史とか、歴史を無視して民衆の生活を語ることで人類の知性を代弁していると思っているある種の民俗学とかは、受け入れることができない部分があると思う。
民衆の側に立つという民衆史の絶対的なイデオロギーは、生物種の中で霊長類に属する人類の多数派階層である「民衆」の生存圏を正当化する作為に満ちたものに他ならず、遠い将来にムカデやカマキリやハチが知性を獲得したとき、この新しい階層が人類に普遍的な生きる権利を要求すれば、「霊長類ヒト科の民衆史」はこの新しい階層の登場に際して人種的な問題に直面することは間違いない。

ロボット社会や、DNA操作によって進化させた巨大昆虫に労働を肩代わりさせるだろう人類社会は、「民衆」と呼ばれた地球の支配者が、地球の他の生物を抑圧、奴隷にしていることを白日のもとに晒すであろう。



生物の歴史の一部である人類の歴史を無視して、衣食住や生活文化といった「民衆」にとってあたりさわりの無いものを歴史に代えたイデオロギーにしようという態度は、このような危険と隣り合わせにある。
政治を語らず、国盗り物語を野蛮として忌避し、植物や服飾を観察して嬉々としている人、自分が他の生物から生命を奪い取って生活していることや、自分の祖先は無抵抗の昆虫を貪欲に食べ続けて魚類から両生類に進化したことを忘れていませんか?

忘れていないならお節介なのですが、人類と生物の歴史は他者からの略奪によって成り立っていることは明白です。
人類の略奪の多くは、政治、戦争、統治という名前で遂行されてきました。
故に、衣食住や生活史のレベルを超えた環境史の立場から、人類社会の政治、戦争、統治とは何であったか、地域の視点を交えて人類興亡の歴史を語るのが私の使命です。
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巫俊(ふしゅん)

Author:巫俊(ふしゅん)
研究対象:中国史(夏殷時代の地域史)
テーマ:神の王権の民族抗争とその生態

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